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『喪服』(第17回とくしま文学賞、佳作作品)
- 2020/02/25(Tue) -
IMG_2655大川原2

『喪服』

 喪服には隙がある。百貨店のマネキンや礼服専門店のハンガーに
かかる真っ新の喪服には隙を感じないから、正しくは、喪服の着こ
なしには隙がある、である。着こなしに値が張る、張らないはさほ
ど関係なく、お気に入りのTシャツに着慣れたジーンズという出で
立ちで歩いている人は無造作だが、隙が無く決っている。

 年に何度も着ない服というのはとにかく厄介であり、その管理も
煩わしい。私の場合、喪服やビジネススーツがそれに当たる。ビジ
ネススーツは年に十日も着ない。喪服については三日以内である。
見かけによらず多情多感な私は、その時その時の環境に左右されや
すく、それは体重の増減と言う形で顕著にあらわれる。ビジネスス
ーツは着用する一週間前に必ず、体が入るかどうかを密やかに確認
する。草木も眠る丑三つ時ではないが、夜中、洋服ダンスから恐る
恐るスーツを取り出し、息を吐きながら背筋をしゃんと伸ばすと、
ウエストが心持ち細くなる気がしている。スカートのファスナーが
最後まで上がるかどうか、上着のボタンが弾き飛ばされることなく
止まるかどうか、恐怖の試着タイムである。途中でスカートのファ
スナーが腹の弛んだ身を引っ張った日には、さすがに(そろそろ買
い替えんとあかんかな)と脳裏を過る。年に何度も着ないし、しか
も、新調するにはそれなりに先立つ物も必要で、どうにかこうにか
着ることができ、時には安全ピンの世話にもなりながら、三十年前
に買ったスーツを今でも着用している。我ながら非常にケチ臭いと
苦笑しつつ、型崩れしたスーツとともに定年退職を迎えそうである。

 一年を通して、誰もが思い当たる出番の少ない服の典型は喪服で
あろう。喪服を一昔前までは持っておらず、「いい加減に揃えなさい」
と母に言い諭され、四十代の初めに買い揃えた。年を重ねると少し
ばかり知恵が付き、目方が増えても楽に着ることができるデザイン
を優先するようになる。そういうデザインが少なからずダサく見え
るのは承知の上である。若い頃には決して選ばなかったデザインで、
気づかぬうちにもう一人の頑なな自分との折り合いを上手くつける
ことができるようになっていて我ながら驚いた。少々ダサい分、色
目にこだわり、濃紺に見える黒ではなく、漆黒と呼ばれる真の黒に
近い美しいものを選んだ。思いに限りなく近いものが手に入り、自
室の洋服ダンスにぶら下がり、その出番を待つ喪服を眺めるのは不
謹慎だが嬉しいものだった。この時、新調した喪服は、カルチャー
センターでとてもお世話になった講師の葬儀に着下ろしすることに
なり、言いようのない心境で葬儀に参列したのを今でも鮮明に覚え
ている。

 元号が平成から令和に変わった年、徳島の梅雨入りはこれまでに
ない遅さだった。夏の水不足を懸念し、慈雨の知らせを待ち侘びて
いる時、伴侶側の親戚にご不幸があり、県外の葬儀に参列した。葬
儀の連絡を受けた夜、私はいつものように゛密やか゛を行った。日
頃着慣れた服と違い、喪服の身ごしらえは葬儀の前から滑稽ですら
ある、と自分の゛密やか゛からそう思う。

 雨の葬儀。出会ったばかりの人を見送らなければならなくなった
時の悲しみほどではないが、それでも、初対面がお見送りとなった
日は切ない。伴侶と同い年と聞くと余計である。「初めまして。そし
て、さようなら」。焼香を終え、自分の席に戻り、後から後から焼
香に向かう参列者の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。存じ上げない
人が殆どで何だか場違いのような気がして一瞬、視線を落とした時、
ズボンの丈が極めて短い喪服が目に入った。それより後はいつもの
観察癖が出て、私は喪服から目が離せなくなった。恰幅が良くなり、
肩下辺りに長い横皺の入った喪服、外套を思わせる重たい冬生地の
暑苦しそうな喪服。上から下まで皺だらけの喪服。裾上げの糸がほ
つれてだらんと裾の垂れ下がった黒いスカート。背後から列をなし
て通り過ぎてゆく喪服に隙がある、と感じたのはこの時だった。

 正直、年に何度も出番のない喪服の隙にまで心はなかなか行き届
かない。隙があるのをわかっていても私のビジネススーツ同様、あ
まり着ることがないからと割り切り、長年着続ける人も少なくない
のだろう。故人も「君の喪服には隙がある」と言って機嫌を損ねた
りはしないに違いない。よくよく考えてみれば、喪服は少々隙があ
ってもその出番がない、少ないほうがいいのである。それは、大切
な人たちとの別れに縁がないということであり、とてもめでたいこ
と、この上なくしあわせなことなのである。とは言うものの、葬儀
から戻った後も私は喪服の隙が気になり、湿気のある六月に冬生地
の喪服はさぞかし暑かっただろう、と先延ばしにしてきたことを内
省し、思い切って伴侶の喪服を新調した。(あまり出番がありません
ように)と祈りつつ、喪服の着こなしは隙があるくらいのほうが人
間味があって心安まるのかもしれない、と隙のない夏生地の真っ新
な喪服を眺めながら洋服ダンスの扉を閉めた。(了)

                             鉄線

(第17回とくしま文学賞、佳作作品・2019/12/16)






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のんびり
- 2020/02/25(Tue) -
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今日は休暇を取り、病院へ。次は、2ヶ月後。
病院から戻り、久しぶりに家でのんびりと過ごしている。

                        鉄線

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弘中先生、散策の地
- 2020/02/25(Tue) -
FB_IMG_1582522101304漱石

明治39年4月。夏目漱石は俳諧「ホトトギス」に小説『坊っちゃん』
を発表した。その主人公である坊っちゃんのモデルとされているの
が弘中又一氏である。弘中氏は山口県出身で、同志社大学に学び、
卒業後、明治28年に新任で愛媛県の松山中学校に赴任、そこで
英語教師の漱石と1~2年の短い間、共に松山で過ごした。その後、
弘中氏は徳島県の富岡西高等学校に赴任、数年間、この阿南市で
過ごした。趣味は散策で、陣ヶ丸はお気に入りの場所だった。

そもそも、この陣ヶ丸は、土佐の戦国大名;長宗我部元親が牛岐城
の新開氏を攻めた折り、陣屋があったところである。元親はこの時、
牛岐城を落とすことはできず、後に丈六寺で新開氏を誘殺。血の天
井はこの時のものと言われている。

陣ヶ丸には、岩窟を巡りながら到着したため、かなり時間が掛かった
が、ご覧の通り、津峯山のリフト乗り場がすぐ向かいに見えている。
駐車場側から登れば、「な~んだ」と思うほど、すぐそこである。興味
があるかたは是非是非。
                               鉄線





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津乃峰トレッキング+岩窟めぐり
- 2020/02/24(Mon) -
FB_IMG_1582520174449津乃峰

3連休の最終日、体を動かしに津乃峰山までトレッキングに行くこ
とに。この辺りがスタート地点なのだが、ウグイスが鳴いていた。
初鳴き。通りすがりの常連さんに尋ねると、もう2週間も前から鳴
いているらしい。キツツキやジョウビタキ、メジロやシロハラなどの
野鳥もたくさん見かけた。

津乃峰神社まで行った後、参詣リフトのある駐車場まで階段で下り、
岩窟めぐりのコースを歩いてみた。5つか6つの岩窟があり、くるりと
一回りしてまた駐車場まで戻って来られる。写真の地点から約6㎞、
約3時間のトレッキングだった。久しぶりに歩いた感。お天気がよく、
途中で師匠は半袖に。
                            鉄線


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心を掴む
- 2020/02/24(Mon) -
J94A2049.jpg

淡路モンキーセンターの猿は餌付けはされていても野生の猿
ですから、触れることは難しいのですが、また、遊んでみよう!
という人もいないですが、pilot師匠は上手いですねぇ~。猿に
限らず、動物の心を掴むのが、心にスッと入ってくのがとても
上手。なかなかこの距離は難しいです。

                          鉄線





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