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"京都・東山周辺を散策して"
- 2017/06/09(Fri) -
DSC09777京都

~京都・東山周辺を散策して~
 
 先日、京都に出かけた。米国から日本へ約60年ぶりに里帰りした
安土・桃山時代の絵師、海北友松の「月下渓流図屏風」が見たかっ
たからだ。物の見方、感じ方というものは時代が変わっても変わるも
のではないのだと、友松の作品を見ながら何とも言えぬ喜びが湧き
上がってきた。
 
 500年前の朧月の下には松や竹、梅や椿、清冽な渓流の傍らには
つくしやたんぽぽ。早春の夜明け前のしなやかな風景の中に、聞こえ
るはずのない雪解け水の流れや、梅や椿の香(かぐわ)しい匂いまでも
鼻先に立ち上がってきて、大いに得心した。

 鑑賞後、東山周辺を散策した。京都は学生時代を過ごした地であり、
訪れたことのなかった古刹や狭い町筋を巡っていると、絵を見ている
時とは対照的な感情が浮かんできた。町家は30年の齢(よわい)を重
ね、かなり大人しくなったような気がした。当時はなかった垢抜けた建
物の間で身を竦め、密やかに生きているような印象を受けた。
 
 時間という大きな流れの中で私たちは日々変わらないもの、変わり
ゆくものに一喜一憂しながら生きている。自分が良しと感じているもの
を過去の中に垣間見た時、それは揺るぎない自信となって生きるエナ
ジーとなる。(了)
                              鉄線

(※2017/06/09・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)


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引き出しの中の出羽島
- 2017/05/25(Thu) -
IMG_7337teba.jpg

 7年ほど前、小4の夏に訪れた出羽島に行ってみよう、と
思い立ち、その頃、まだ足の達者だった母を連れて牟岐まで
出かけた。出羽島は「桜谷小」というラベルの付いた心の引き
出しに納められ、ずっと気になってきた記憶である。

7年前にその引き出しを開け、奥から引っぱり出してきてから
は毎年、私は出羽島を訪れている。牟岐・出羽島アート展が
開催されるようになる少し前のことである。その現代アート展
も運営体制が整わぬということで今春は行われなかった。

  1年ぶりに出羽島を訪れた。エネルギッシュなアロエの花
咲く頃に時間の都合が付かなかったことを残念に思いながら
の渡島だったが、名残の桜が出迎えてくれ、思いがけない誕
生祝いとなった。島には大正時代に建造されたという石積み
の堤防が残っており、その堤防から眺める島の玄関口の海色
が時を忘れるほどの美しさであり、安らぎの青である。

  今回、集落の中に更地を見つけ胸が痛んだ。私は家と家が
醸す空間、飾り気のない素の空間である路地が好きであり、
カレーや焼魚の匂いがしてくる路地に立ち、眺めているとホッ
とする。出羽島の路地もまた生きているという幸せを感じさせ
てくれる。(了)
                          鉄線





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"風景や移ろいに無常を実感"
- 2017/04/25(Tue) -
IMG_3495代田

~風景や移ろいに無常を実感~
 
 一枚、二枚、三枚…自宅から見える代田に日ごと水が張られていく。
刻々と変化する美しい自然をより美しく映し出す水田は水鏡のようであ
り、清々しく明るい気に満ちた清明の頃に相応しい光景である。

 人生も後半になると、美しい風景を目の当たりにするたび、あと何回
見ることができるだろう、と考えるようになった。阿南市明谷の梅はあと
何回、神山町江田の菜の花はあと何回、つるぎ町柴内の桜はあと何回
というふうに。

 しなやかな美しさの奥に秘められた硬い芯のような無常を実感できる
齢になってくると、ものはこれまでと違った姿を見せるようになり、自ずと
接し方も変わってくる。齢を重ねるということは自分の意思とは関係なく、
様々な変化を余儀なくされることでもある。

 なかなか片付けられない変化を整理してくれるのは時に花鳥風月で
あったり、時に山川草木であったりする。それらもまた、日々変わりゆく
ものであり、私たちは変化の中で一生を過ごす。変わらないことのほう
が寧ろ可笑しく、変わることを恐れてきた前半が今思えば愚かである。
昇る陽、沈む陽のように、無常を淡々と受け入れたいものである。(了)

                              鉄線

(※2017/04/25・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)


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"不要な薬整理 体にも優しい"
- 2017/03/17(Fri) -
IMG_6695あこう

~不要な薬整理 体にも優しい~
 
 医療の高度化、複雑化に伴い、ポリファーマシーが話題になっている。
齢を重ねるにつれ、複数の疾患で複数の医療機関にかかり、菓子を頬
張るがごとく薬を服用する機会が増えてくるためだろう。

 現時点でポリファーマシーの明確な定義はないようだが、不適切に多
い薬が健康をはじめ、医療費などに大きな影響を与えることを指すとい
われている。実際に必要のない薬を服用している場合なども含めて、ポ
リファーマシーとする考え方もあるようだ。

 毎月の給料から天引きされている健康保険。その料率には地域差が
あり、平成29年度の徳島県は全国で6番目に高い保険料率となってい
る。また、徳島県のジェネリック医薬品の使用率は全国で最下位である。

 昨年、父が入院した際、服用している薬を全て持ってくるよう言われた。
1ヶ月後に転院する際、飲む必要のない薬を返され、処分するよう指示
された。飲む必要のない薬が思いのほか多くて驚かされた。

 医療費を抑えるため、安価なジェネリック医薬品が推奨されている。
懐に優しいだけでなく、体への優しさが一番と考えれば、不要な薬をま
めまめしく整理するのも大切だと思う。そうすれば、医療費も抑えられる
のではないか。最近、齢を重ねるのが怖くてたまらない。 (了)

                             鉄線

(※2017/03/17・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)



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"年を取っても慎み失わずに"
- 2017/02/06(Mon) -

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~ 年を取っても慎み失わずに ~
 
  朝のラッシュ時、何気なく前を走る車のバックミラーを見ると、運転
席の女性は化粧をしながら走っていた。おしろいをたたいた後は眉毛
である。実に器用なことと自分のバックミラーで後方を確認し、車間を
少し広めに取った。

 その際、後方の男性は何と鼻毛カッターでお手入れの真っ最中であ
り、思わず二度見した。見えなさそうで見えるのが車の中であり、快適
でこぢんまりとした空間ではあるが、思いのほか丸見えであり、要注意
である。

 プライバシーが確立されている空間に1人でいる時間というのは、慎
みが失われがちである。人前では決してやらないことをやって、慎みの
なさにハッとし、暫し内省する。車の中は残念ながらプライバシーが確
立されていない空間であり、化粧や鼻毛カッターは公開しながら走って
いるのと同じである。また、ながら運転は事故に繋がる危険性を大いに
はらんでいる。

 プライバシーが確立された空間においても、気持ちの端っこには常に
「お天道さまは見ている」という意識を持っていたい。加齢とともに失い
たくないものは慎みであり、時に自分の背中を眺める時間を持ちたい
ものである。(了)
                              鉄線

(※2017/02/06・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)



           
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