『台所に立つということ』(第15回とくしま文学賞、優秀賞作品)
- 2018/02/24(Sat) -
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『台所に立つということ』

 四十年経った今でも色褪せない不注意がある。真っ白なブラウスに
ナポリタンのケチャップの赤をぽつんとひとつ、飛ばしてしまった時の
ような迂闊さである。食いしん坊の私は、小学生の頃から小腹がすくと
台所に入り、冷蔵庫や棚にある食材や調味料を引っぱり出してきては
何か拵えて食べていた。名もない料理である。当時、我が家の台所は
茶の間の縁(えん)を降りた土間にあり、台所というよりは厨房で、その
昔はお竈(くど)さんがあったらしい。夏が来ると、ひんやりとした実家の
土間が妙に懐かしくなる。私は世間の子どもたちよりも早く台所に立ち
始めたこともあり、手際が良く、また、味も良かったから、このまま順調
にいけば将来は三ツ星シェフだった。中学校の家庭科の時間に初めて
茶わん蒸しを拵えた時もその片鱗は見られ、すだちの立っていない、何
ともなめらかで美しい仕上がりに、私の低くて丸い鼻もこの日ばかりは
高々だった。家庭科の教師とは別に試食、採点に訪れた独身の担任に、
私は威風堂々とした態度で茶わん蒸しを献上した。
 「茶わん蒸しやえっとぶりやな。どれどれ。ん?最近の茶わん蒸しは味
がないんか?」
 今、思い出しても恐ろしいセリフである。最近の茶わん蒸しは味がない。
あろうことか私は初めて拵えた茶わん蒸しの味を取るのを忘れたのであ
る。見かけ倒しとは正にこのことで、私はこの日のトラウマから最近にな
るまで茶わん蒸しを拵えたことがなかった。食事の際、茶わん蒸しが配
膳されて来るたび、この日の不注意が鮮明に蘇り、一瞬、心に雲が湧く。
私のおっちょこちょいは台所に立つより早く、物心ついた時からである。
 山あいの集落で生まれ育った私は、魚を捌くのが極めて苦手である。
と言うのは言い訳で、世間的な結婚適齢期を過ぎてもなお、実家で料
理の手早い母と同居していたため、また、魚より肉が好きなこともあり、
今も魚を三枚におろせない。スーパーマーケットで買う魚は刺身用に
短冊に切ったものか、そのままグリルに載せて焼くことのできる魚のみ
である。三年ほど前、夫が知人に伊勢海老を二尾もらってきたことが
あったが、まな板の上で甲冑を身に纏い、戦国武将のように構える
伊勢海老を私は気合いで解体した。半世紀の間、魚捌きをなおざりに
してきた私の星は、三ツから一ツにランクダウンしている。
 台所に立つ先輩でもある実家の母も今春、傘寿を迎えた。加齢ととも
に足腰が脆くなり、いつしか杖を突いて歩くようになった。近頃は台所に
立つのが億劫になってきたようで、それから何日かして「週三回、夕食
に宅配弁当を取ることにしたけん」と報告された。見映えの良い宅配弁
当のチラシを見て、配達が始まるのを楽しみにしていた母だったが、実
際に宅配が始まると、テンションは見る見るうちに下がっていった。初回
は午後二時半頃、二回目は午後十二時半頃、三回目は午前十時半頃
に宅配されてきたらしい。夕食用である。肝心の味も妥協できぬほど酷
かったようで、母は三度食べて不誠実な業者に断りの電話を入れた。ス
トレスは一つでも少ない方が良い。台所に立つことを負担に感じている
のなら、それを取り除いてやりたい。私は会社で利用している宅配弁当
に実家の事情を話し、配達してもらえるかどうか相談してみた。相談から
一週間も経たぬうちに週三回、誠実な昼食弁当を実家に届けてくれてい
る。母が台所に立つ負担を取り除く手助けをしてくれており、とてもありが
たく感じている。
 台所に立つということは、心身ともに健康でないと難しい。齢(よわい)を
重ねるということは、今まで普通にできていたことができなくなる、というこ
とである。烏(う)兎(と)匆(そう)匆(そう)、私自身も知命を過ぎた。三十年後
には今の母と同じように台所に立つことが辛いと感じているかもしれない。
愛する家族のために台所に立てなくなる日がいつか訪れる時、運転免許
を自主返納する時に似た空しさに襲われることだろう。齢を重ねるにつれ、
できなくなることが一つ、二つと多くなり、空虚という魔物が心の中に棲み
始めるようになっても、それを罪悪と取り違えてはならない。二〇二五年
には三人に一人が高齢者だと言う。身の回りのことをあれこれ他人に委
ねることが多くなってくるのだろう。不誠実な言動にイヤな思いをすること
も少なくないに違いない。皆、平等にやって来るとは知りつつも老後のこ
とを考えると、齢を重ねるのが恐ろしくて仕方がないが、加齢とともにでき
ていたことができなくなるのは自然律であり、いつか台所に立てなくなる
ことを決して悔いてはならない。愛する誰かのために台所に立っているこ
と、立ってきたことは紛れもなく三ツ星シェフに値し、長年、家族のために
台所に立ってきた我が母には、私から「三ツ星」をあげよう。(了)

                             鉄線

(第15回とくしま文学賞、優秀賞作品・2017/12/14)




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"関政明さんに会いたかった"
- 2018/02/15(Thu) -
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~関政明さんに会いたかった~
 
 今から5年ほど前、関政明さんと書簡のやりとりをしていたこと
がある。共通の知人は関さんの従姉であり、私の古里の大先輩
である。

 その大先輩からのハガキに関さんの歌集『走る椅子』という題
名が書かれており、買って読んだのがやりとりの始まりだった。

 関さんのみずみずしい感性に惹かれつつも、返事を苦労して
書いておられるのでは、と思うと、次第に筆は遠のいた。その頃、
いただいた『遠花火』という随筆集は宝物である。

 昨年12月、第15回とくしま文学賞の発表があり、私は随筆部
門で優秀賞をいただいた。関さんもまた優秀賞に入賞されており、
とても嬉しかったことを覚えている。お祝いの手紙を何度も書こう
かと思ったが、書くタイミングを逸してしまった。

 近く文学賞の表彰式があり、関さんに会えると思っていた。やり
とりをしなくなってから、私は結婚して名字が変わったため、関さん
は私だとわかってくれているだろうかと思いながら、まもなく初めて
お会いできる喜びを感じていた。

 そんな時、関さんが他界されたことを知った。色々と躊躇したこと
が今となっては悔やまれる。関さんのご冥福を心よりお祈り申し上
げます。(了)

(※2018/02/15徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)


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第15回とくしま文学賞表彰式
- 2018/02/11(Sun) -
IMG_5177文学賞

本日、第15回とくしま文学賞表彰式でした。写真は表彰式後の
記念写真。「文芸とくしま」も本日より書店にて発売されています。
よい表彰式でした。師匠も1日、ありがとう。三木さん、なっちゃん、
ばぁば、たかゆうもありがとうございました。

                           鉄線


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ハレの日
- 2018/02/11(Sun) -
IMG_9305晴れ

昨日の雨が嘘のような天気になりました。先週、「建国記念日は雪」
という予報がずっと出ていたのですが、雨も上がり、晴れました~。

今日は午後から表彰式。心配事ふたつ。久しぶりのスーツ。入るか
どうか。そして、久しぶりの社長。何てご挨拶をしていいものやら。

                            鉄線

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"賀状の添え書きに見る今昔"
- 2018/01/13(Sat) -
IMG_9524大川原

~賀状の添え書きに見る今昔~
 
  元旦に早々と年賀状が配達されてきた。当然のことのようだが、
当然のことではなく、日本は平和であり、まだまだ妙妙たるところが
残っていると思いながら年賀状を読んだ。

 年とともに頂戴する年賀状は変わりつつある。枚数の増減では
なく、添え書きの文面である。30年前、他企業から出向勤務して
おられた上司の年賀状には退職や再雇用の文字が綴られていた。

 友人の子どもたちは大学生や社会人に成長し、抱っこしていた
頃が懐かしい。親の介護というのも少なくない。年齢とともに筆圧
が弱くなるのか、見慣れた文字がミミズのように変わってゆくのも
何だか愛おしい。

 ふと年賀状の重さを計ってみた。1枚3グラム。年賀状によっては
3グラム以上の重みを感じることがある。添え書きからエナジーを
頂くことも確かであり、元旦はいろんな感情が一気にまぜこぜにな
る時である。

 読んだ後で返事を書くことが稀にあり、3グラム以上の重みに心
動かされてのことである。年賀状の数だけ暮らしがあり、また変化
があり、短い添え書きに込められた「生きる」という重み、厚みを感
じることから新しい年が始まる。(了)

                             鉄線

(※2018/01/13・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)




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