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小さな枷
- 2017/10/17(Tue) -
DSC00027neko.jpg

先日、イベント会場で一年ぶりにお会いした人から「最近、新聞に
投稿したけど、載らんかったわ」と言われた。「何があかんかった
のかなぁ~」と納得いかない様子。(笑)

誉められても困るなぁ。もう30年近く書いているのだから。(笑)
ここ2~3年は、一ヶ月に一篇、何か感じたことを文字にして投稿
することに決めている。自分への枷。

2017年も2ヶ月半となった。1月、2月、3月、4月、6月、7月、
8月、9月掲載。5月は載らなかった。(笑)2016年は11ヶ月
だった。なかなか12ヶ月掲載というのは難しい。

                            鉄線

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"久々の都会で実感したこと "
- 2017/09/28(Thu) -
IMG_4583船

~久々の都会で実感したこと ~
 
 高速バスを利用し、久しぶりに大阪まで出かけた。目的地の大阪港
駅までは電車で行くことにした。心躍らせ、テーマパークのキャラクター
が車両に描かれた電車に乗り込む。座席に座り、ホッとしたのも束の間、
乗り換える駅の西九条には止まらないというアナウンス。慌てて電車か
ら飛び降りた。

 西九条からは路線が変わる。自動券売機を探してウロウロしていると、
「切符は階段上がったとこ」と誰かが教えてくれた。券売機は見つかった
が、今度は買い方がわからない。夫も私も若い頃、大阪や京都で暮らし
たことがあり、普段乗り慣れないとはいえ、電車に振り回されたことがシ
ョックだった。

  その時、ふと母の話を思い出した。40年ほど前、旅先で和歌山から
大阪に移動する際、復路、電車の切符を買う時間がなく、船に乗り遅れ
たら困るからと、往路の券売機で切符を2枚購入。復路、その切符を自
動改札に入れた瞬間、扉が閉じてしまった、という。

  適応力は年とともに思いのほか退化していく。それに気づくためにも
たまに都会へ出て、もまれてみるのも良いことである。(了)

                           鉄線

(※2017/09/28・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)


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"旅の出合い 明日への活力に"
- 2017/08/14(Mon) -
IMG_7914宍道湖
                                                 
~旅の出合い 明日への活力に~
 
  「綿婚式」を迎えた先月、休暇を利用して夫と二人で鳥取、島根に
出かけた。旅のお目当ては、植田正治写真美術館と出雲大社であり、
いつか訪れたい場所として、懐の中の「旅」という引き出しに仕舞われ
ていた。

  子どもの頃から旅に縁がなく、昭和45年開催の大阪万博は引き出
しの奥に残ったままである。行きたい場所に行くことができるというのは
幸せなことであり、奇跡である。ぼんやりとした想像の世界が現実に取
り込まれ、書き換えられてゆく。その日、山陰の空は長年思い描いてき
たのと同じ鈍色をしていて、酷暑だが物静かで穏やかな雰囲気を醸し
出していた。

  不意の出合いは旅に厚みを与えてくれる。松江城二ノ丸に建つ興雲
閣(松江郷土館)。明治建築のペパーミント色の洋館で、その美しさに足
は自然と向かった。入るや否や2階からピアノの音色。100年ほど前に
作られたチェコ製のピアノ「ノヴィー」の調律が大広間の端っこで黙々と
行われていた。

  ピアノの調律風景は珍しく、暫く見学させていただいた。調律師との
やりとりは誠実で心地よく、山陰に感じた穏やかな空気感を持ち合わせ
ていた。旅の厚みや奇跡のひとときは湧き上がる源泉の一部となって
明日への活力、エナジーとなる。(了)  

                            鉄線

(※2017/08/14・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)



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"旬と初物という美しい響き"
- 2017/07/02(Sun) -
IMG_7718野菜

~旬と初物という美しい響き~
 
  高い安い、美味い不味いは別にして、一年を通して食べることの
できる野菜は子どもの頃と比べ格段に増えた。その代わりに私たち
は季節感や旬本来の趣を失いつつある。

  6月は新じゃがの実りの頃であり、わが家でも既にメークインや男
爵を収穫した。定番メニューの肉じゃがやコロッケも旬である今頃が
最も美味しい。新じゃがの初物はシンプルに煮っころがしにして食べ
た。

 「初物七十五日」。わが家の畑は猫の額ほどの広さだが、四季折々、
縁起の良い食べ物とされる初物や、旬の野菜を口にできる環境であ
ることにささやかな幸せを感じている。

  先日、那賀町の生家に畑の様子を見に行った際、母方の親戚に
立ち寄った。互いの近況を話した後、「初もんやけんな」と、伯母は
キュウリとナスを惜しげもなく持たせてくれた。無病息災、自分たち
で食べれば良いのにと思いつつ、初物という美しい響きの奥にある
気持ちが何とも嬉しかった。

  伯母にもらった曲がったキュウリやナスは、どれもみずみずしく、
香り豊かだった。食べた瞬間、旬の野菜だけが持ち合わせている
風味や食感が、子どもの頃に暮らした山あいの夏の香りや記憶を
次から次へと蘇らせてくれた。(了)

                            鉄線

(※2017/07/02・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)



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"京都・東山周辺を散策して"
- 2017/06/09(Fri) -
DSC09777京都

~京都・東山周辺を散策して~
 
 先日、京都に出かけた。米国から日本へ約60年ぶりに里帰りした
安土・桃山時代の絵師、海北友松の「月下渓流図屏風」が見たかっ
たからだ。物の見方、感じ方というものは時代が変わっても変わるも
のではないのだと、友松の作品を見ながら何とも言えぬ喜びが湧き
上がってきた。
 
 500年前の朧月の下には松や竹、梅や椿、清冽な渓流の傍らには
つくしやたんぽぽ。早春の夜明け前のしなやかな風景の中に、聞こえ
るはずのない雪解け水の流れや、梅や椿の香(かぐわ)しい匂いまでも
鼻先に立ち上がってきて、大いに得心した。

 鑑賞後、東山周辺を散策した。京都は学生時代を過ごした地であり、
訪れたことのなかった古刹や狭い町筋を巡っていると、絵を見ている
時とは対照的な感情が浮かんできた。町家は30年の齢(よわい)を重
ね、かなり大人しくなったような気がした。当時はなかった垢抜けた建
物の間で身を竦め、密やかに生きているような印象を受けた。
 
 時間という大きな流れの中で私たちは日々変わらないもの、変わり
ゆくものに一喜一憂しながら生きている。自分が良しと感じているもの
を過去の中に垣間見た時、それは揺るぎない自信となって生きるエナ
ジーとなる。(了)
                              鉄線

(※2017/06/09・徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)


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