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"夢は己の力でかなえるもの "
- 2019/08/11(Sun) -
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~夢は己の力でかなえるもの~

 子どもの頃から、明け方見た夢は正夢になると聞かされて
きた。自分は就寝中、あまり夢を見ないほうであると思ってき
たが、伴侶に言わせれば、寝言を言う夜も少なくなく、覚えて
いないだけで何かしら夢を見ているようである。

 先月、明け方に夢を見た。起きた時、夢を鮮明に覚えてい
た。というよりは、夢の中の出来事に驚き、慌てて目が覚め
たのである。その夢は応募していた小説が新聞の1面に掲
載されており、そのタイトルもはっきり読み取れ、間違いなく
自分の書いた小説だった。

 8月7日付の朝刊に、徳島をテーマにした全国公募の掌
編小説コンクール「第2回徳島新聞 阿波しらさぎ文学賞」
(徳島文学協会、徳島新聞社主催)の1次選考を通過した
26作品が発表された。残念ながら私が見た明け方の夢は
正夢、予知夢とはならなかった。

 明け方に見た夢が良い夢なら人に話さず、悪い夢なら
んで話すと良いらしい。そう言えば、こんな夢を見たと伴
侶にだけ話した。明け方に見る夢は正夢になるとは限ら
ず、自分の願望から見ることもある。見た夢に翻弄され
ことなく、夢は己の力でかなえ、つかみ取るものである。(了)

                         鉄線

(※2019/08/11 徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)


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"昭和の東京五輪 活力もらう "
- 2019/07/20(Sat) -
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~ 昭和の東京五輪 活力もらう ~
 
 1964年。世界初の高速鉄道、東海道新幹線が開業し、
東京・大阪間が4時間で結ばれた。王貞治さんがシーズン
最高の55本塁打で日本記録を出し、後に航空機墜落事
故で帰らぬ人となった坂本九さんが「明日があるさ」や「幸
せなら手をたたこう」を大ヒットさせたのもこの年である。ア
ジアで初めて東京オリンピックが開催されたのも同じ年で
あり、今から55年前、昭和39のことである。

 1964年は私の生まれた年であり、これまで「私は東京
オリンピックの年に生まれ、」と数え切れないほど口にして
きた。なぜだか分からないが、東京オリンピックの年に生
まれた、というのは自分の中でとても大きな出来事であり、
誇りだった。

 2020年、東京オリンピックが開催される。一生に一
の開催と思っていた東京オリンピックが再び開催されるこ
とになり、金色に輝いてきた誇りが少しだけ輝きをなくし、
銅色になったような気がしている。
  
 私は同い年である昭和の東京オリンピックに何かしら
活力をもらってきた。令和の東京オリンピックも人々の
りや活力になれば、と願うばかりである。(了)

                       鉄線
 
(※2019/07/20 徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)



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第17回とくしま文学賞 作品募集
- 2019/07/06(Sat) -
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第17回とくしま文学賞 作品募集が今日の朝刊にも掲載
されていましたね。今回から小説部門の審査員が代わっ
たようで、『親指Pの修行時代』の松浦理英子さんです。

                        鉄線
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"雨の日 和菓子とお茶で一服"
- 2019/06/16(Sun) -
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~雨の日 和菓子とお茶で一服~
 
  京都で学生時代を過ごした。今時分になると和菓子屋の
店先に大きく「水無月」と書かれた紙が貼り出される。暮らし
始めて間もない頃は、京都では陰暦の月名が毎月、店先に
貼り出されると思っていた。水無月が京都市発祥の和菓子
であると知ったのは、それから少し後のことである。

  白いういろうの上に甘煮の小豆が所狭しと並べられ、三角
形にカットされた水無月。和菓子屋に気になっていた水無月
を買いに入る。下宿に戻り、徳島から持参した相生番茶を入
れ、世の中にはこんな美味しい食べ物があるのか、と思いな
がら食べたのを今でも記憶している。

  京都に限らず、我が国には四季折々の和菓子がある。考
えてみれば繊細なことであり、家で茶房のたしなみができる
のはとても贅沢なひとときである。山帰来の葉っぱが手のひ
ら大に成長する頃、母は挽いた餅米に小豆餡を練り込んだ
かしわ餅をよく作ってくれた。砂糖と餡のバランスが絶妙で
あり、母の味を超えるかしわ餅に出合ったことがない。

  晴耕雨読。雨の日は家で読書もいいが、雨音を聞きなが
ら好きな茶菓子をゆっくり、程よく頂くのはどうだろうか。(了)

                        鉄線

(※2019/06/16 徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)

・写真のどら焼きは、府中湖PA限定の「びっ栗」どら焼き。
 餡の量が半端ではなく、pilot師匠が大好きな和菓子の
 ひとつ。手に取った瞬間、「重たっ」と感じるびっ栗!!


  



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"母の元へわが家の味を運ぶ"
- 2019/05/25(Sat) -
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~母の元へわが家の味を運ぶ~
 
  翌日食べても美味しい惣菜を考えながら夕食を作ることが
増えた。作りたての美味しさをキープしつつ、翌日温めるだけ
で食べることができる惣菜。そのまま食べて美味しいなら言う
ことなしである。ツバメがヒナにせっせと餌を運ぶように、出社
前、母が独りで暮らす実家に惣菜を届けに立ち寄る。今朝は
グリンピースご飯だ。

 出来たて、作りたてが美味しいのはわかっているが、離れて
暮らしていると美味しい食べ時を逸してしまい、もどかしい。母
も80を過ぎ、食事の支度をするのが億劫になってきたようだ。
体はどこもかしこも昔ほど融通が利かなくなり、いつしか出来
合いのものを買ってきて食べるようになった。

  例えどんなに美味しくても出来合いのものは母の味、わが
家の味ではなく、永遠と代わり映えしない味が続く。私自身、
大したものは作れないが、食べ慣れた味の惣菜を作ることが
できるのは私だけであり、店の惣菜より口に合うだろう。

  食べ慣れた味が一番であり、そのまま食べて美味しい、温
めるだけで美味しい惣菜をこれからも心がけたい。個人的に
一番好きな惣菜はすき焼き風煮である。(了)

                          鉄線

(※2019/05/25 徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)  





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