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"高齢者は早めの猛暑対策を"
- 2018/08/01(Wed) -
IMG_6095リモコン

~高齢者は早めの猛暑対策を~
 
 西日本豪雨の後、西日本や東海を中心に気温が35度を超える
猛暑日が続いている。日本の夏は年々暑くなり、この頃は終日、
サウナの中にいるようである。 加齢に伴い、0.5℃の幅で温度差
を区別できていたものが、5℃の幅にならないと区別できなくなる
らしい。

 高齢者が猛暑日にエアコンを付けず、熱中症で亡くなるケース
が後を絶たない。若い頃と比べ温度調節の反応が遅れてしまう
ことなどに気づいていない。加齢を含め、温度感覚や体温調整
機能が鈍感になっていることを受け入れ、早め早めの行動が大
切である。

 電気製品の操作が億劫な高齢者もおられる。何でもリモコン
操作になり、テーブルの上にはリモコンが常に5つ、6つある。
少し前まではできていたことができなくなるのが年を重ねるとい
うことであり、自然の法則である。とは言うものの、生命に関わ
ことであり、頑張って操作しなければならない。

 高齢化社会の施策は遅れていると感じている。高齢者に優
しい世の中を待っていてもいつになることやらである。これから
は幾つになっても柔軟で強かな精神が求められる。(了)

                        鉄線

 (※2018/08/01 徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)  


 

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"もろきゅうに夏の記憶再び"
- 2018/07/08(Sun) -
20180704061もろみ

~もろきゅうに夏の記憶再び~
 
 知り合いから擂り粉木ほどのキュウリをいただいた。子どもの
頃から食べていたキュウリといえば、このおばけキュウリである。
夏休みには母に度々畑までキュウリやナスを採りに行かされた。
あの頃の夏野菜はどれも色濃く、香り豊かだった。真っ赤に熟れ
た固いトマトを、もう一度がぶりと頬張ってみたいと真夏日には
よく思う。

 畑からちぎってきたキュウリはゆず酢で和えるか、もろみに付
けてシンプルにいただく。市販のもろみは甘ったるかったり、余
計な味が添加されていたりするため、母はもろみ麹(こうじ)を買
い、長年家で作っていた。

 今春、高知県馬路村に出かけた際、もろみ麹が売られているの
を見かけ、母の味が懐かしくなり買って帰った。冷えたおばけキュ
ウリをこのもろみに付けて食べる。歯応えがあり、キュウリの強い
香りともろみが絡み合い、子どもの頃の楽しかった夏の日が蘇る。

 春に拵えたもろみも底を突きかけたため、もろみ麹を取り寄せた。
作り方は簡単。もろみ麹に甘酒と醤油を入れ、「おいしくなれ」と呪
文を唱え、しばらく待つだけである。夏の記憶とともに食べるおばけ
キュウリのもろきゅうは私にはとびきりの一品である。(了)

                         鉄線

 (※2018/07/08 徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)   



       
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"人生分岐点 甥の決断応援"
- 2018/06/07(Thu) -

DSC03234道

~人生分岐点 甥の決断応援~
 
 ついこの間、漢字ドリルや計算ドリルを嫌々やっていた甥っ子
も高校2年生である。元プロサッカー選手を父に持ち、自らも物
心ついた時からサッカーを始めた。5月は彼の誕生月である。
日常の多事に紛れ込み、思い出した時には6月目前で、慌てて
心ばかりの祝いを送ると、早速メールが届いた。

そこには勉強を本気で頑張りたいから、先日サッカー部を辞め
た旨が書かれていた。サッカー以外にやりたいことができたの
だろう。あれこれ聞きたい気持ちを抑え、徳島から応援している、
と返した。

  生きることは変わってゆくことと感じている。変化は自然であり、
執着は無益である。以前と考えが変わったからといって罪悪感に
苛まれてはいけない。うまくいかない時もあるだろう。私などうまく
いかないことだらけである。後々それを人の所為にしないため、
人生の分岐点では自分で決断し歩んでほしい。

  私はあの瞬間に戻ってやり直したいとは思わない。これからを
うまく生き抜くことで精一杯だから。甥っ子の誕生日に祝いを贈り、
反対に彼からエナジーをもらった気がしている。(了)

                         鉄線

(※2018/06/07徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)



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"水崎廻り 変わらぬ八十八体"
- 2018/05/13(Sun) -
DSC0627おしょうめっく

~水崎廻り 変わらぬ八十八体~
 
 一年を通して旧暦を意識する日がある。弘法大師空海が入定
した旧暦三月二十一日である。那賀町水崎では毎年、この日に
正御影供を行い、ハート型の町道周囲七キロ沿いに設置された
ミニ八十八か所をお詣りしながら大師を偲んできた。

 昭和初期から始まったとされるこの「水崎廻り」は水崎保勝会
によって百年近く守り続けられている。 那賀町を離れて四十年。
今でも水崎廻りを楽しみにしている。今年は旧暦三月二十一日
が五月六日の日曜日であったため、お詣りに出かけた。仕事が
休みに当たる年は心の中でガッツポーズする。今春は花の開花
が早く、周辺のシャガやヤマブキ、ツツジやフジが既に咲き終わ
っていて残念だった。花はなくとも見覚えのある葉っぱに頭の中
で花をつけながら歩いた。

 旧暦三月二十一日は四月中だったり五月中だったり、着る服、
咲く花などその風景は年によって変わる。変わらないのは古里の
言葉と笑顔と八十八体の石仏。七キロを歩き終わる頃にはまた
歩きたくなっている。(了)
                            鉄線

(※2018/05/13徳島新聞「読者の手紙」に掲載済)




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"ふっくらとしなやかに"
- 2018/04/29(Sun) -
IMG_5594429.jpg

~ふっくらとしなやかに~

 今春の桜は開花が例年より早く、天候にも恵まれ、ふくよかで
美しかった。年明けから度々雪が降り、厳冬に耐え忍んだ後の
褒美のような気がしている。一斉に咲き、刹那に散りゆく桜に潔
さを感じながらも、正直心はその潔さに付いてはゆけず、風に舞
う花びらを名残惜しみつつ、次の桜に思いを馳せる。

清明の頃、自宅から見える代田に今年も一枚、二枚、と水が張
られてゆく。阿南市に移り住み三年。春分を過ぎると、代田に水
が張られる日が待ち遠しくなってくる。

 季節を意識するようになり、清明という響きをとても美しく感じて
いる。その響きと同じほど、苗が植えられるまでの束の間、水鏡
と化し、万物を異なる趣で映し出す水田に心は癒やされ、魅了さ
れている。

 水鏡に映る山並みを眺めた後、実像を見上げると、山はいつし
かふっくらとしなやかに笑っている。人もまた、己の力では動かし
ようもないものに翻弄されながら移ろい続ける。言わないだけで、
皆いろんなことを抱えながら生きている。冬の時もあれば、春の
時もある。

 冬の時もやがて訪れるであろう春を信じ、ふっくらとしなやかに
笑うことを忘れずにいたいものである。(了)
                            鉄線





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