"「撮ること」と「書くこと」"
- 2009/11/02(Mon) -
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一眼レフを買って2、3日。今年の那賀川センチュリーで、この被写体に
出会いました。その時も、このような黒いウェアを着て走っておられました
が、走るシルエットが実に美しかったです。(おぉ〜、徳島にもこんな人が
いるんだ!)と、夢中でシャッターを切ったのを覚えています。

 全然知らなかったこの人と、昨日は横に立ち、普通に会話しているという
不思議。世の中、だから面白い!人の縁とは不思議なもので、偶然はない
と思っています。自分に係わる全てが因縁。なぜか自転車に係わることも
決められている気がしています。

 王子をより美しく撮りたい、という気持ちが、逆に王子を撮れなくしている
のかもしれません。いろんなモードや設定にこだわり、撮り始めの初心を
忘れてきているような気がしないでもない...。私の頭の中は物書き仕様
なんだと思いますね。たぶん、何年写真を撮っても、「書くこと」を越えること
はできないのだろうと感じています。「撮ること」は下手くそでも、華や存在
感のある、この人、この被写体を、私はずっと撮り続けて行きたいなと思い
ますね。実際、話しても凄く魅力的な人でした!

 王子は「太陽」がほんとによく似合います。また青空の下、「おぉ!」って
思わずガッツポーズしてしまうような王子の写真、撮りたいですね!別に
追っかけでもなんでもないのですが、不思議とカメラを向けたくなる人、被
写体なんですよね。私の被写体の値ぶみがここにあります。


                             鉄線


"「撮ること」と「書くこと」" 

東京から来られたプロの写真家のセミナーに参加する機会に
恵まれた。その中で「被写体を値ぶみし、そこにアイデアを盛り
込むこと、シャッターチャンスを逃さないために、目の前の被写
体が次はこうなるという先を描く能力が大切」という言葉が印象
的だった。

 私はこんなふうに書くことが好きで、もう二十年になる。心を揺
さぶられる光景を目にした瞬間、目の前の"今"を文章でどう書き
表そうかと頭の中を文章が走り始める。日々写真を撮りながらも
同様、気に入った被写体に出くわした瞬間、その写真に添える文
章が頭の中で勝手に作成され始める。

 写真を撮っている間も文章は走り続け、実はとにかく忙しないの
である。二十年もの間、物事の有り様を文字で表すという作業を
繰り返し続けてきたため、心が揺さぶられると頭の中で"目の前"
が勝手に文章化されてしまうようである。

 セミナーも終わりに近づいた頃、私はふと、頭の中を文章が走り
出すか否かで被写体の値ぶみは可能なのではないかと感じていた。
何も「撮ること」と「書くこと」を別物に捉える必要はなく、両者をとて
もよく似ていると感じているのも確か。利用可能なものは写真に活
かしていきたいと思うこの頃である。(了)

 (徳島新聞・ぺんる〜むに掲載済・2009/11/02)



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